遺言の押印が不要に|2026年民法改正のポイントを解説

【この記事でわかること】
・遺言書の「押印」がどう変わるのか
・命の危険が迫ったときの遺言(危急時遺言)の新しいルール
・遺言の証人になれる人・なれない人の範囲がどう変わるか
・いつから変わるのか、今すぐ遺言を書く人が注意すべきこと

「遺言書には必ずハンコを押さないといけない」——長年そう教わってきた方も多いのではないでしょうか。私は元・国税局職員で、現在は信託実務で遺言執行者の実務にも関わっていますが、実務の現場でも「押印を忘れたせいで遺言が無効になりかけた」というヒヤリとする場面を見てきました。
2026年6月24日、そんな遺言のルールを大きく見直す法律「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」が公布されました。今回はこの改正のうち、押印の任意化と、命の危険が迫ったときの特別な遺言方式の見直し、そして遺言の証人になれる人の範囲の変更について、わかりやすく整理します。
📝 遺言書の「押印」が任意になる(民法968条・970条・976条・979条・980条)
今回の改正の中でもっとも身近な変更が、遺言書に関する「押印(ハンコ)」の任意化です。これまで自筆証書遺言などは、署名に加えてハンコを押さなければ無効となっていましたが、改正後は署名のみで法的に有効な遺言書として認められるようになります。
押印要件が削除される遺言の種類は次のとおりです。
| 遺言の種類 | これまでのルール | 改正後のルール | 条文 |
|---|---|---|---|
| 自筆証書遺言 | 全文自筆+押印必須 | 全文自筆+署名のみで可 | 第968条 |
| 秘密証書遺言 | 署名+押印必須 | 署名のみで可 | 第970条 |
| 危急時遺言・船舶遭難者等遺言 | 署名+押印必須 | 署名のみで可 | 第976条・第979条 |
| 遺言の加除・訂正時/代筆者の署名 | 押印必須 | 署名のみで可 | 第968条・第980条 |
なお、公証役場で作成する公正証書遺言については、これより一足先に令和5年の公証人法改正によって、既に遺言者等の押印要件が廃止されています。今回の改正で、主要な遺言方式のほとんどでハンコが必須ではなくなる形です(法務省「民法等の一部を改正する法律」概要より)。
⚠️ 「任意化」であって「禁止」ではありません。
押印しても構いませんし、これまで通りの習慣で押しても遺言は有効です。あくまで「押印がなくても無効にはならなくなる」というのが今回の改正のポイントです。

🚨 命の危険が迫ったときの遺言「死亡危急時遺言」に新方式(民法976条の2)
病気やケガで命の危険が迫り、通常の方法で遺言を書く時間的余裕がない場合に認められている特別な遺言方式が「死亡危急時遺言」です。これまでは証人3人以上の立会いが必要でしたが、今回の改正で新しい方式が追加されます(民法976条の2新設)。
新方式で認められる手続きは、次の3段階です。
📅 新方式の3ステップ
証人1人に遺言の趣旨を口頭で伝える
証人が趣旨と氏名を記録し、状況を録音・録画
証人が内容を遺言者に読み聞かせ、遺言者が承認
この3ステップを踏み、かつ状況を録音・録画することを条件に、これまで3人必要だった証人が1人以上で足りるようになります。証人の立会いは、ウェブ会議(ビデオ通話)を利用することも認められています。命の危険が迫った状況で、証人を3人集めるのは簡単なことではありません。録音・録画を義務づけることで、「遺言者が誰かに無理やり言わされていないか」「本人の真意に基づいているか」を後から確認できる仕組みにした、という理解です。
⚠️ あくまで「命の危険が迫った緊急時」専用のルールです。
「普段の遺言もスマホの動画で済ませられる」という意味ではありません。日常的な遺言作成には、これまでどおり自筆証書遺言や公正証書遺言の方式を使います。
🌊 船舶遭難だけでなく大規模地震も対象に(民法979条・979条の2)
船が遭難し、死亡の危険が迫ったときに認められる「船舶遭難者遺言」も見直されます。これまでは船の遭難という場面に限定されていましたが、改正後は大規模地震などの「天災その他避けることのできない事変」が発生した場合も対象に加わります(民法979条改正)。
あわせて、次の2つの新しい方式が追加されます(民法979条の2新設)。
- 録音・録画をしながら、証人1人以上の立会い(ウェブ会議の利用も可)で作成する方式
- 録音・録画したデータを、特定の人にメール等で送信することで、証人の立会い自体を不要にする方式
特に2つ目の方式は、遭難という状況下で証人が死亡してしまうリスクや、遺言書そのものが失われてしまうリスクを踏まえた新しい選択肢です。スマートフォンで自分の遺言を撮影し、あらかじめ決めておいた相手に送信すれば成立する仕組みで、こちらも施行後に効力を生じさせるには、証人や送信を受けた者などから遅滞なく家庭裁判所へ確認を請求する必要があります。
🙅 遺言の証人になれない人の範囲が広がる(民法974条3号)
遺言の公正さを守るため、遺言によって財産を受け取る人(受遺者)本人は、その遺言の証人にはなれないというルールがあります。今回の改正では、この「証人になれない人(欠格事由)」の範囲が広がります。
| 区分 | これまで | 改正後 |
|---|---|---|
| 証人になれない人 | 受遺者本人、その配偶者・直系血族など | 上記に加えて受遺者の被用者(従業員)も対象 |
| 受遺者が法人の場合 | 特に規定なし | その被用者・役員も証人不可 |
身寄りのない単身高齢者が、お世話になった施設や団体に財産を遺す(遺贈する)というケースは近年増えています。これまでは、その施設の職員が証人になっても法律上は問題ありませんでしたが、それでは職員が自分たちに有利なように遺言を誘導してしまう可能性(利益相反)を防ぎきれません。今回の改正は、こうしたリスクを塞ぐための見直しです(民法974条3号)。
実務の現場感覚として付け加えると、公正証書遺言を作成する際に「証人が見つからない」というご相談は少なくありません。今回の改正で証人になれない人の範囲が広がる分、証人選びの際に「この人は受遺者の関係者ではないか」という確認が、これまで以上に必要になってきます。
📅 施行はいつから?今すぐ遺言を書く人が注意すべきこと
ここで紹介した4つの改正(押印任意化・死亡危急時遺言の新方式・船舶遭難者等遺言の拡張・証人欠格事由の拡張)は、いずれも公布(2026年6月24日)から1年を超えない範囲内で政令で定める日、つまり遅くとも2027年6月23日までに施行される予定です。
同じ令和8年法律第45号には、これとは別に、法務局に遺言を預ける新方式「保管証書遺言」の創設なども含まれていますが、そちらの施行は公布から3年以内(遅くとも2029年6月23日まで)と、今回紹介した4項目よりも後になります。同じ法律の中でも施行時期が複数に分かれているため、「いつから」を混同しないよう注意してください。
⚠️ 経過措置に注意:施行前に作成した遺言は「従前の例による」
施行日より前に作成された遺言には、これまでのルールがそのまま適用されます。つまり、「もうハンコはいらないらしい」と思い込んで施行前に押印を省略すると、その遺言は無効になってしまいます。実際に施行日が来るまでは、これまでどおり署名と押印の両方をしておくのが安全です。

✅ この記事のポイント
- 自筆証書遺言・秘密証書遺言・特別方式の遺言などで押印が「任意」になる(禁止ではない)
- 死亡危急時遺言は、録音・録画を条件に証人3人→1人以上に緩和される
- 船舶遭難者遺言は「大規模地震」も対象に加わり、証人不要の新方式も追加される
- 受遺者の従業員・役員も遺言の証人になれなくなる
- 施行は遅くとも2027年6月23日まで。施行前は従来どおり押印が必要
まとめ|制度は変わっても「知らないと損」は変わらない
遺言のルールは130年近くほとんど手が入っていませんでしたが、今回の改正でようやくデジタル時代に合わせた見直しが進みます。とはいえ、押印の任意化も特別方式の見直しも、実際に施行されるまでは今までどおりのルールが適用される点に注意が必要です。「もう変わったはず」という思い込みで押印を省略してしまうと、かえって遺言が無効になりかねません。
制度は変わっても、こうした情報は自分で調べて学ばないと、誰も教えてくれません。このブログをきっかけに、遺言や相続の制度に少しずつ関心を持っていただけると嬉しいです。
次回は「デジタル遺言(保管証書遺言)とは?2026年民法改正で新設」で、法務局にデータを預ける新しい遺言方式の創設と、既存の自筆証書遺言書保管制度がどうデジタル化されるかを解説します。お楽しみに!


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