遺言執行者の役割と報酬|選び方と決まり方を解説

【この記事でわかること】
・遺言執行者とは何をする人なのか(民法上の権限と義務)
・遺言執行者になれない人と、家庭裁判所に選んでもらう方法
・就任してからの仕事の流れと、遺言執行者が関わる手続き
・報酬の決まり方と、行政書士会連合会の統計にみる金額感

以前の記事では、公正証書遺言の費用と作成の流れを整理しました。遺言書を作り終えると、ほっと一息つく方が多いと思います。ただ、遺言書は書いただけでは動きません。亡くなったあとに、書かれた内容を預貯金の解約や不動産の名義変更といった実際の手続きに落とし込む担い手が必要で、その役目を負うのが「遺言執行者」です。
「遺言執行者に指名されたけれど、何をどこまでやればいいのか」「専門家に頼むと報酬はいくらなのか」。遺言を残す側も託される側も、気になるのはこの2点ではないでしょうか。元国税局職員として相続の実務に触れ、現在も信託実務で遺言執行に関わる立場から見ると、この仕事の中心は法律論よりも、戸籍や残高、登記に関する書類を一つずつ揃えていく地道な作業です。今回は民法の条文と裁判所・法務省の資料をもとに、役割と報酬の決まり方を整理します。
遺言執行者とは?遺言の内容を実現する人
裁判所は、遺言執行者を「遺言の内容を実現する者」と説明しています。遺言者が亡くなったあと、遺言書に書かれた内容を実際に動かす役目です。
民法1012条1項は、遺言執行者に「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務」を与えています(e-Gov法令検索:民法)。あわせて、遺言執行者がいる場合、相続人は相続財産の処分など遺言の執行を妨げる行為ができません(1013条1項)。これに違反した行為は無効とされますが、善意の第三者には対抗できないとされています(同条2項)。
2019年7月1日施行の相続法改正では、遺言執行者が権限内でその立場を示してした行為は相続人に対して直接に効力を生ずることが明文化されました(法務省:相続法の改正)。特定遺贈や特定財産承継遺言(遺産分割の方法の指定として、特定の財産を共同相続人の一人または数人に承継させる旨の遺言)の場合の権限も、このとき明確化されています。
| 条文 | 遺言執行者に関わる内容 |
|---|---|
| 民法1007条2項 | 任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知する |
| 民法1011条 | 遅滞なく、相続財産の目録を作成して相続人に交付する(相続人の請求があれば、その立会いで作成するか、公証人に作成させる) |
| 民法1012条 | 遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする。遺言執行者がある場合、遺贈の履行は遺言執行者のみが行う |
| 民法1014条3項 | 特定財産承継遺言の目的が預貯金の場合、払戻しの請求と解約の申入れができる(解約は預貯金債権の全部が目的の場合に限る) |
| 民法1015条 | 権限内で遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に直接効力を生ずる |
出典:民法(e-Gov法令検索)。被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従うとされています(1014条4項)。
誰がなる?指定と家庭裁判所の選任
遺言執行者になれない人は、民法1009条で「未成年者及び破産者」と定められています。1006条から1021条までを読んだ範囲では、相続人や親族であることを理由にした欠格事由は見当たりません。
選び方は大きく2通りです。1つは、遺言者が遺言で1人または数人を指定する方法(指定を第三者に委託することもできます。1006条1項)。もう1つは、遺言に指定がないときや遺言執行者がいなくなったときに、家庭裁判所が利害関係人の請求で選任する方法です(1010条)。
| 項目 | 遺言で指定する場合 | 家庭裁判所が選任する場合 |
|---|---|---|
| 決まり方 | 遺言者が遺言で指定する(第三者に指定を委託することも可) | 遺言執行者がないときやなくなったときに、家庭裁判所が選任する |
| 動く人 | 遺言者(生前に遺言書へ記載) | 利害関係人(相続人、遺言者の債権者、遺贈を受けた者など) |
| 申立先 | 家庭裁判所への申立ては不要 | 遺言者の最後の住所地の家庭裁判所 |
| 費用 | 選任の申立て費用はかからない | 遺言書1通につき収入印紙800円分と、連絡用の郵便切手(郵便料は保管金として納付することもできます) |
出典:裁判所「遺言執行者の選任」、民法1006条・1010条。郵便料は裁判所ごとに異なります。
選任の申立てに必要な書類として、裁判所は次のものを挙げています。
- 申立書
- 遺言者の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(検認事件の記録が申立先に保存されている場合は不要)
- 遺言執行者候補者の住民票または戸籍附票
- 遺言書の写しまたは検認調書謄本の写し(検認事件の記録が申立先に保存されている場合は不要)
- 利害関係を証する資料(親族の場合は戸籍謄本など)
💡 指名されたけれど、決めきれないとき
遺言で指名された人が就任を承諾するかどうかは、条文上「就職を承諾したとき」から任務が始まる形になっています(1007条1項)。相続人などの利害関係人は、相当の期間を定めて承諾するかどうかの返答を催告でき、期間内に返答がなければ承諾したものとみなされます(1008条)。
就任してからの仕事の流れ
📅 就任から完了までの流れ
直ちに任務へ
遺言の内容を
相続人に交付
解約・登記など
経過・結果の報告
就任を承諾したら、直ちに任務を行い(1007条1項)、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知します(同条2項)。その後、遅滞なく相続財産の目録を作って相続人に渡します(1011条1項)。ここまでは、いずれも条文上「遅滞なく」とされているだけで、具体的な日数の定めはありません。
そのうえで、遺言の内容を実現する手続きに進みます。預貯金の解約や不動産の名義変更の手続きの全体像は、相続発生後の実務手続き一覧でも整理しています。遺言執行者は委任の規定が準用され、善良な管理者の注意をもって事務を処理する義務(644条)、求めに応じた状況の報告や、終了後の経過・結果の報告(645条)などを負います。
遺言の中には、遺言執行者でなければ進められない手続きも含まれます。条文上、次の2つは遺言執行者が行うことが明記されています。
| 手続き | 条文が定める遺言執行者の役割 |
|---|---|
| 遺言による認知 | 遺言執行者は、就職の日から10日以内に、認知に関する遺言の謄本を添えて届け出る(戸籍法64条。認知を遺言でできること自体は民法781条2項) |
| 推定相続人の廃除 | 被相続人が遺言で廃除の意思を表示したときは、遺言執行者が遅滞なく、家庭裁判所に廃除を請求する(民法893条) |
出典:戸籍法(e-Gov法令検索)、民法(e-Gov法令検索)
💡 ひとりで抱え込まなくてよい仕組みもあります
- 遺言執行者は、自己の責任で第三者に任務を行わせることができます。遺言者が別段の意思を示したときは、その意思に従います(1016条1項)
- 遺言執行者が数人いる場合、任務の執行は過半数で決めます(1017条1項)
- 任務を怠ったなど正当な事由があるときは、利害関係人は家庭裁判所に解任を請求できます。辞任には家庭裁判所の許可が必要です(1019条)

報酬はいくら?決まり方と統計
報酬の決まり方は、民法1018条1項に出てきます。家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。ただし、遺言者がその遺言に報酬を定めたときは、この限りではない、という内容です(e-Gov法令検索:民法)。
| 場面 | 民法1018条1項の扱い |
|---|---|
| 遺言に報酬の定めがある | 遺言の定めが優先し、家庭裁判所が報酬を定める規定は適用されない(ただし書) |
| 遺言に報酬の定めがない | 家庭裁判所が、相続財産の状況その他の事情によって報酬を定めることができる(本文) |
では、実際の金額感はどうでしょうか。日本行政書士会連合会が令和3年1月に実施した令和2年度報酬額統計調査には、「遺言執行手続」の項目があります。回答は143件、平均は384,504円、最小は10,000円、最大は5,000,000円で、最も多かった金額(最頻値)は300,000円(19件)でした。金額は消費税込みで、立替金は含まれません。
| 報酬額の区分 | 件数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 10万円未満 | 16件 | 11.2% |
| 10万円以上20万円未満 | 19件 | 13.3% |
| 20万円以上30万円未満 | 31件 | 21.7% |
| 30万円以上40万円未満 | 39件 | 27.3% |
| 40万円以上50万円未満 | 8件 | 5.6% |
| 50万円以上 | 30件 | 21.0% |
出典:日本行政書士会連合会「令和2年度報酬額統計調査の結果」項目384 遺言執行手続(令和3年1月実施・回答143件、合計143件)
⚠️ この統計を読むときの注意
- 回答したのは行政書士のみです。弁護士、司法書士、税理士、金融機関の報酬は含まれていません
- 財産額に応じた区分はなく、財産の大きさや手続きの重さによる差は読み取れません
- 令和3年1月に実施された調査で、その後の水準は反映されていません
行政書士のほかに、弁護士と司法書士の団体が公表している資料も確認しました。
| 団体 | 確認できた内容 |
|---|---|
| 日本弁護士連合会 | 中小企業向けの報酬アンケートに、遺言執行手数料の設例があります。設例は「資産5,000万円で、事業承継を目的とする遺言を作り、弁護士が遺言執行者も務める場合」(回答数304)。顧問契約がない場合は40万円前後から120万円前後が大部分で、100万円前後が33.9%。顧問契約がある場合は20万円前後から100万円前後がほぼ同じ割合 |
| 日本司法書士会連合会 | 司法書士の報酬は各司法書士が自由に定め、会則では額・算定方法・諸費用を明示して依頼者との合意で決めるとされています。2024年3月実施の報酬アンケートには遺言書作成サポートの設例はありますが、遺言執行者としての報酬は含まれていません |
出典:日本弁護士連合会の報酬アンケート結果(問6-2)、日本司法書士会連合会「司法書士の報酬」、同「報酬アンケート結果」。日弁連の資料はPDFの作成日が2010年6月で、調査の実施時期は本文から確認できませんでした。
日弁連の資料は、事業承継を目的とした遺言という特殊な設例です。資料自身も、一般的な遺言の執行に比べて弁護士の手数料が高くなることがあると注記しています。そのまま一般の遺言の相場として読むことはできません。司法書士については、遺言執行の金額を示した団体の統計は、確認した範囲では見つかりませんでした。
遺言執行に関する費用は、相続財産の負担とされています。ただし、これによって遺留分を減ずることはできません(1021条)。実際の見積りは依頼先ごとに異なりますので、個別の金額や依頼先の選び方は、弁護士・司法書士・行政書士・税理士などの専門家に確認してください。
私の実務の感覚では、遺言の中に「誰が遺言執行者か」と「報酬をどうするか」が書かれているかどうかで、亡くなったあとの段取りの重さがまるで変わります。条文のうえでも、遺言に報酬を定めておけば、家庭裁判所が報酬を定める規定は適用されません(1018条1項ただし書)。遺言を書く側は、この2点を見直しておく価値があります。
✅ この記事のポイント
- 遺言執行者は「遺言の内容を実現する者」で、民法1012条により、必要な一切の行為をする権利義務を持つ
- 欠格事由は未成年者と破産者。遺言で指定するか、指定がなければ家庭裁判所が選任する(申立てには収入印紙800円分と連絡用の郵便料。保管金または郵便切手)
- 就任後は、相続人への通知、相続財産目録の交付、遺言の執行という流れ。条文上は「遅滞なく」とされ、遺言による認知だけは就職の日から10日以内の届出が必要
- 報酬は、遺言に定めがあればそれが優先し、なければ家庭裁判所が定めることができる(1018条1項)
- 行政書士会連合会の統計(令和2年度)では、遺言執行手続の平均は384,504円、最頻値は30万円。ただし行政書士のみの回答で、財産額別の区分はない
- 弁護士は日弁連の事業承継の設例(資産5,000万円)で100万円前後が33.9%。司法書士は報酬が自由設定で、遺言執行の金額データは確認できなかった

まとめ
遺言執行者は、遺言の内容を実際の手続きに変える役目で、民法が広い権限と義務を定めています。指定がなければ家庭裁判所が選任し、報酬は遺言に定めがあればそれが優先、なければ家庭裁判所が定めることができます。全国一律の公的な報酬基準は、確認した範囲では見つかりませんでした。だからこそ、遺言を書く段階で、執行者と報酬の扱いまで決めておくことが、残される家族の負担を軽くします。自分で学ばないと、だれも教えてくれないからこのブログをきっかけに学ぼうと思っていただけると嬉しいです。
次回は「結婚・子育て資金の一括贈与は廃止?2027年3月の期限」について解説しています。


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